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1992 年のオリンピックで、世界が期待に目を輝かせる中、アメリカの男子バスケットボール チームがクロアチアを 117 対 85 で破り、金メダルを獲得した。 NBA のスター選手がオリンピックに出場したのはこれが初めてのことである。そこにはラリー・バード、アーヴィン・「マジック」・ジョンソン、マイケル・ジョーダンといったトップ プレーヤーが名を連ねていた。「ドリームチーム」は 1 ゲームあたり平均得点差 43.8 という成績で勝利を飾った。 ここで、この偉業がバルセロナで達成されたということ、そして今日の NBA に与えた影響に着目してほしい。 メンフィス・グリズリーズで活躍するスペイン出身のフォワード、パウ・ガソルにとって、 12 歳のときに母国で見たドリームチームの活躍が、 NBA との初めての出会いだった。 その後、ガソルはスペイン人選手として初めてルーキーオブザイヤー (2002 年 ) に選ばれ、 NBA オールスターに出場することになった。 1992 年のオリンピックから 10 年の時を経て、スペインがガソルと同年代の優秀な選手を数多く輩出することになったのは当然とも言えるだろう。 ガソルが当時の外国人選手としては過去最高となる全体 3 位でドラフト指名された 2001 年の NBA ドラフトでは、リアル・マドリッドのポイントガード、ラウル・ロペスが全体 24 位でユタ・ジャズによって指名された。その翌年にはガソルの元チームメイトでナショナル チームと F.C. バルセロナで力を伸ばしてきたファン・カルロス・ナバーロが 2 巡目でワシントンに指名されている。 身長 208 cm のフォワード、アルベルト・ミラジェスは 2004 年 NBA ドラフトでトロントに 2 巡目で指名され、その後マイアミにトレードされた。 2005 年には身長 210 cm を誇るフラン・バスケスがロッタリーでオーランド・マジックに指名された。 2005 – 06 年シーズン中には、ガソルのスペイン ナショナル チーム時代のチームメイト、ホセ・カルデロンがトロント・ラプターズとルーキー フリーエージェント契約を結び、 48 分間でのアシスト (9.3) でリーグ 8 位という成績でシーズンを終えている。 その後のドラフトでも引き続き、スペイン人選手の存在が光っている。セルヒオ・ロドリゲスは 6 月 28 日にフェニックス・サンズによって 1 巡目で指名された。その後ロドリゲスのドラフト権は、将来の戦力として若く、才能のある選手を求めていたポートランド・トレイルブレイザーズにトレードされている。 ガソル以前に NBA でドラフト指名されたスペイン人選手は、フェルナンド・マルティン (1985 年 ) 、アントニオ・モンテロ (1987 年 ) 、ロベルト・ドゥエニャス (1997 年 ) の 3 人しかおらず、 NBA の公式戦に出場したのは今は亡きマルティンだけであった。 2003 年 10 月、ガソルはグリズリーズの一員として、古巣の F .C. バルセロナと対戦するためにパラウ・サンジョルディのアリーナに戻ってきた。この親善試合に集まったファンの数は 16,525 人に上った。 91 対 80 でバルセロナが破れる結果となったが、バルセロナは同会場で来る 10 月 5 日に開催される 76ers との試合で前回のリベンジをねらっている。また、 76ers は 2006 年のトレーニング キャンプの開催地にバルセロナを予定している。 今回、 NBA スター選手たちがこの地を訪れることにより、スペインの若者たちの NBAへの夢が再び加速することだろう。
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