スティーブ・ナッシュ: チームを変える影響力。 NBA の MVPとなるか ?
ジョン・ハレアス
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Glenn James/ NBAE/Getty Images |
ナッシュの影響力は、その驚愕の統計データのみからは測りきれない。今シーズン、フェニックス・サンズにとってのスティーブ・ナッシュの価値を評価するには、チームが 62勝 20敗という NBA最高勝率を達成し、先シーズンより 33試合も多くの勝利を納めたという事実の奥に目を向ける必要がある。あるいは、南アフリカ共和国のヨハネスブルグで生まれ、ブリティッシュコロンビア州で育った 1人の男が、アシスト 1試合平均 11.5という成績をもって今シーズンの NBAをリードしたという事実の裏側を。まずは統計データには出てこない、リーダーシップから見ていこう。日頃からおそらくは他の誰よりもナッシュの価値を高く評価している、サンズのヘッドコーチ、マイク・ダントーニは次のように語る。
「個人的な成績は言うまでもありませんが、ナッシュは目に見えない部分でもチームに多大な貢献を果たしています。それはつまり、ポジティブな環境を作り、人一倍努力するリーダーであるということです。 それがチームにとってどのような意味を持つか、お分かりになるでしょうか。」
「ナッシュを得て、チームは急激に強くなりました。何と言っても、リーグ一のポイントガードですからね。 31歳にして、彼は未だに世界一有能なポイントガードですよ。」
2 度の NBAオールスター出場を果たしたプレーヤーとの契約をサンズが発表した 7月 14日の時点で、その 2ヶ月前にワースト 5位の成績でシーズンを終えたこのチームが NBAの首位の座にのし上がろうとは、誰が予想しただろうか。ナッシュとサンズの話題に、 MVPとチャンピオンシップという言葉が同時に使われようなどと、誰が予想できただろう。
ナッシュの価値の高さは、 1月 14日のインディアナ戦で腰を痛めて途中退場した時に、最も顕著に現れた。それまでリーグ最高の 31勝 5敗をマークしていたサンズは、その後短期間だが急降下する。ナッシュの欠場は連敗を意味していた。サンズはそのインディーズ戦だけでなく、次のウィザーズ戦、ピストンズ戦、グリズリーズ戦の 3試合でも連敗を記した。ところが、ナッシュが復帰すると、サンズは次の 6試合で 5勝を果たしたのだ。ハイオクで突っ走るバスケットの復活である。
「彼みたいな選手とプレーするのは、本当に楽しい」と、クエンティン・リチャードソンは言う。彼はリーグ最高の 1試合 110得点に間違いなく貢献したもう 1人のフリーエージェント契約選手。「オールスターの優秀なポイントガードだからね。コートの中では常にみんなの動きを把握しているんだ。彼のように、毎試合をまるで最後の試合のように全力でプレーする選手と一緒にやれるっていうのは、素晴らしいことだよ。」
「彼はチームの フロアジェネラル さ。チームメートと話して、プレーの仕方やコートで一番最初にやるべきことを教えているよ。」
ナッシュにとって、今回は 2度目のフェニックス入団となる。 1996年の NBAドラフトで全体 15位に選ばれ、サンズに入団した彼は、ケビン・ジョンソンやジェイソン・キッド、さらにはサム・キャセールらのスター選手の後ろで、辛抱強く待ち続けた。
「あれは僕にとってすごくいい経験だった」と、ナッシュは語る。「チームに入ってすぐ経験を積める選手もいるけど、僕の場合は後ろに座って、殿堂入りプレーヤーの 2人を見て学んだんだ。でも、僕は完全な楽天家だから、その状況をできるだけ利用して、楽しんで、そこから多くのことを学んだよ。彼らは僕に大きな自信を与えてくれたと思う。僕を対等に扱ってくれたし、話しかけたり、サポートしてくれたりした。それが今の僕の自信につながっているんだ。」
先シーズンのプレーオフ初戦で、マーヴェリックスがサクラメント・キングスに敗退した時は、ナッシュはフェニックスへの移籍を考えていなかった。ビッグ D (ダラス)への帰還は、単に形式的なものだったようだ。
「最初は考えられなかったよ。」ナッシュは、それまでの 6シーズンの間、ホームと呼んだ場所を離れる決断を振り返ってこう語る。「ヨーロッパに 6週間半行ったあと、あの(フリーエージェント交渉の)夜に帰ってきて、その足でダラスに飛んだんだ。それが当然のことだと思っていたからね。でもその後、ホームに帰って 24時間も経たないうちに、もうフェニックスに向かっていたんだ。初めは考えられないと思っていたことが、そのうちあり得ると思えるようになって、最後には気に入ってきた。」
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Barry Gossage/ NBAE/Getty Images |
統計について言えば、 2004~ 05年はナッシュにとってシーズンを通して最高の年だった。彼の攻撃力には目を見張るものがあった。平均 15.5ポイントの得点を上げただけでなく、フリースローもほとんど外すことがなかったナッシュは、 1993~ 94年のレジー・ミラー以来となる、 50%以上のフィールドゴール成功率、 40%のスリーポイントシュート成功率、そして 90%のフリースロー成功率を超える成績を残した。
コートの外では、ダラス時代に多少経験して慣れていたとはいえ、チームリーダーとしての役割を担っている。
「このロッカールームでは、自分がすごく老けた 31歳に思えるよ」と、ナッシュは言う。「ダラスでは結構若く感じてたんだけど。みんな僕と同じぐらいの年だったか、キャリア的に同じような位置にいたからね。でも、このロッカールームでは自分だけ違う時代から来たみたい。それはちょっと大げさだけど、チームが僕を欲しがった理由はそこにあるんじゃないかな。若いプレーヤーたちばかりのこのロッカールームに少し経験を積んだベテラン選手を混ぜる必要があったんだよ。」
すべてを知っているわけでも、経験したわけでもないけど、僕がこの 4年間で経験してきたいろいろなことをチームの若いやつらに伝えていきたい。得点を入れたり、パスを出したりもできるけど、自分ができる一番大きなことは、チームの若いプレーヤーたちに自信を与えて、彼らがもっといい選手に成長できるように手助けしてやることだと思っているよ。」


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