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Glenn James/NBAE/Getty Images |
しかし大方の予想を覆して、ジノビリはスパーズにとってかけがえのない選手となった。とりわけ今シーズンの活躍ぶりには目を見張るものがある。初めの2シーズンは控え選手として活躍し、今では2度NBAのMVPに輝いたティム・ダンカンに次いで、サンアントニオのNo.2スコアラーとしてチームの牽引役を担っている。フィールドゴール成功率、スリーポイント成功率、アシスト、そしてリバウンドなどの成績も上々だ。さらに、その終始一貫して熱狂的でペースの速いプレースタイルは相手のチームやコーチをかく乱し、自らのチームメイトをも驚嘆させ続けている。
「あいつのゲームは普通じゃない。」こう語るのはチームメイトのブレント・バリーだ。「動きはえらくぎこちないし、ステップもめちゃくちゃ。基本も何もあったもんじゃないでもそれがうまくいってる。それがあいつの能力なんだ。」
たとえ格好よくピンポイントが決められなくても、ジノビリは、たとえばニュージャージー・ネッツと闘った2003年のNBAチャンピオンシップに見られるように、近年のスパーズの快進撃をしっかりと支えている。
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Garrett Ellwood/NBAE/Getty Images |
ジノビリのNBAでのサクセスストーリーは、従来の選手のそれとはまったく異なっている。この198cmのガードは、1999年スパーズに選ばれた後もイタリアン・リーグで3シーズンプレーを続け、リーグMVPの栄誉に2度も輝いている。このうち1シーズンでは、ヴィルトゥス・ボローニャをチャンピオンシップおよびユーロリーグ決勝戦へと導き、そこでもMVPを獲得している。2002年には、祖国アルゼンチンの世界大会銀メダル獲得に大いに貢献した。
栄誉と称賛に包まれたジノビリのキャリアの中でも最も輝かしいものは、2004年夏にアテネで行なわれた世界大会で平均19.3ポイント、57.6%のフィールドゴール成功率を上げ、アルゼンチンを金メダルに導いたことだろう。
「プロ選手にとっての最高の栄誉はNBA優勝だ」と、ジノビリは語る。「でも、祖国を代表して、3,000万人以上の応援を背に受け、表彰台の最上段に立つあの気分はちょっと言葉では言い表せないものだよ。」
